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【HOSOO】京都発、世界を魅了する究極のテキスタイル。

【HOSOO】京都発、世界を魅了するテキスタイルの力とイノベーション
この記事のハイライト

HOSOOは、いかにして1200年の歴史を持つ京都・西陣織を、Diorや世界的ブランドが採用する革新的なラグジュアリーテキスタイルへと進化させたのか? 12代目当主・細尾真孝氏の常識を覆す発想と「ホイポイカプセル」構想、不可能を可能にした150cm幅織機の開発秘話、そしてMITメディアラボと進める未来の布づくりまで。伝統技術が最先端の感性と出会い、世界を魅了する日本の美意識の新たな可能性を切り拓く、HOSOOの挑戦の軌跡を辿ります。

引用:HOSOO|TEXTILE(No.5502 Spiral Chaos)

平安時代から1200年の歴史をもつ西陣織。一般的には着物のための織物として知られている西陣織を、世界に誇るテキスタイルへと昇華させた立役者がいる。それが細尾である。天皇、貴族、将軍、神社仏閣の高位聖職者といった権力者たちに献上するために培われた技と美。この画像を見て、まさか織物だとは思わないだろう。これが日本が誇る美の伝統「西陣織」で作られた現代のテキスタイルである。脈々と受け継がれてきた工芸品としての西陣織が現代のトッププレーヤーに認められることで、世界中からオーダーがかかるブランドとなったいま、あえて漢字の細尾ではなく、世界的に認知されているHOSOOとして記事にしてみようと思う。

引用:HOSOO|SHOW ROOM

HOSOOの発見:京都一人旅での出会い

あれは2015年の冬のこと。山小屋でのシーズンを終え、わずかな稼ぎを握りしめて、私は一人、滋賀から京都、大阪へとバックパック一つで旅をしていました。読書日和が続く山生活ですっかり池波正太郎の世界に感化され、昼間から京料理に舌鼓を打ち、夜は知らない酒場のカウンターでグラスを傾ける、そんな分不相応な「粋な大人」ごっこを楽しんでいた時期です。バックパックに全てを詰め込み、バスや電車などの公共交通機関を調べつつ、ときには何kmも徒歩で移動しながら、アナログな旅をした。

目的地は京都。そこは、私のような「都会風バックパッカー」にとっては、少し背伸びをしたくなる街だ。古都の歴史と文化のかほりが、街の隅々から濃厚に漂ってくる。少し歩いたらすぐそこに重要文化財が鎮座している街。せっかくなら、その空気を存分に吸い込みたい。美味しいものだけでなく、美しいもの、刺激的なものにも触れたい、そんな思いでガイドブックには載っていないようなギャラリーや、京都ならではのブランドを探し始めた。

旅立つ前の晩、ほろ酔い気分でスマホをいじる。まずは「京都といえば西陣織だろう」という単純な発想で、「西陣織 京都」とキーワード検索。今ほどGoogle検索が賢くなかった当時、本当に欲しいコアな情報はなかなか1ページ目には出てきません。見当違いな広告や、ありきたりな情報ばかりが並ぶ中、検索結果の2ページ目か3ページ目でようやく、簡素で地味なホームページ群とは明らかに違う、強烈なインパクトを放つ情報に出会いました。それが「HOSOO」だったのです。

ウェブサイトで目にしたのは、息をのむほど美しく、到底織物とは思えないようなテキスタイルでした。その洗練された佇まいと、画面越しにも伝わる圧倒的な存在感。「これは、自分の目で確かめなければ」。そう強く感じ、翌日、地図を頼りに店の前まで足を運びました。しかし、いざ本物を目の前にすると、その研ぎ澄まされたオーラに完全に気圧されてしまい、結局、怖気づいて中に入ることはできず…。「いつかきっと、もっと相応しい自分になった時に」と心の中で言い訳をしながら、すごすごとその場を後にしたのでした。

「細尾」は元禄元年(1688年)、本願寺より「細尾」の苗字を受け、京都・西陣において創業しました。西陣とは京都の旧市街に位置する地域の呼称で、その地域で生産される先染の織物が「西陣織」と呼ばれます。「西陣織」は古都・京都で約1200年前より、貴族や武士階級、さらには裕福な町人達の支持を受けながら、育まれてきました。完成までに必要な20以上もの工程それぞれを一人の職人が担当するという高度な分業によって、圧倒的な美を追求し、類稀なる職人技を継承してきました。

引用元:HOSOO|HISTORY

HOSOOの革新:京都の伝統を世界へつなぐイノベーター

その時、私が店の前で圧倒された「HOSOO」とは、元禄元年(1688年)創業、京都・西陣で1200年以上続く「西陣織」の老舗、細尾家が手掛けるブランドである。

西陣織といえば、天皇、貴族、高位の僧侶など、時の権力者のために最高峰の技術と美意識を結集させて発展してきた、日本の誇るべき絹織物。伝統的には着物や帯として知られていますが、HOSOOは、その西陣織を現代のライフスタイルに合わせた、全く新しいテキスタイルとして世界に提示しています。

HOSOOを世界的なブランドに押し上げたのは、元ミュージシャンという異色の経歴を持つ細尾12代当主の細尾真孝氏。2021年に出版された細尾氏の著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)では、いい意味での見事な異端っぷりが記されている。書籍の冒頭、こんな記述がある。

西陣織による未来の家「ホイポイカプセル」が実現できるのではないかと考えたのです。

引用元:『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)

ホイポイカプセル。それは、人気漫画『ドラゴンボール』に登場する、どんな大きな物でも小さなカプセルに収めて持ち運べる、あの超未来的なアイテム。ポイっと投げれば家でもバイクでも出現する、あの便利グッズと同じようなものを、まさか西陣織で実現しようと夢想するなんて、そんな発想に至る人は、正直、いい意味で「変態」としか言いようがないし、細尾真孝氏をおいて他にいないでしょう

現代において、この「布と骨組みでできた持ち運べる住居」というホイポイカプセル的な概念に最も近いものとして細尾氏が着目したのが、モンゴルの「ゲル」でした移動を繰り返す遊牧民族が、その都度、布と骨組みだけで素早く建てられる仮設住居です。彼の、一見するとトンデモないアイデアとは、「もし、このゲルの”布”の部分を、独自開発した未来の西陣織に置き換えたら? それで次世代型の移動式住居が実現できるのではないか?」というものでした。

そして、単なる思いつきで終わらせないのが細尾氏の凄いところ。彼はこのホイポイカプセル式住居の構想を現実にするため、実際にゲルを視察しにモンゴルまで足を運ぶほど、本気で取り組んでいたのです。驚くべきことに、まさにこの、常識外れとも思えるアイデアを真剣に追求する姿勢こそがキッカケとなり、彼は世界の最先端が集まるMITメディアラボのディレクターズフェロー(特別研究員)に就任しています。彼のイノベーターとしての気質を、強く感じさせるエピソードではないでしょうか。

HOSOOの躍進:テキスタイルを新たな次元へ押し上げた細尾のワザ

平安時代から日本の伝統文化として発展してきた西陣織。細尾氏が家業に入った2000年代後半、織物や着物の業界は大きく危機を迎えており、何か大きな改革が必要だった。停滞ムードだった西陣織の世界に風雲児として現れた細尾氏は、西陣織の高い技術と芸術性を用いて、実に様々なチャレンジを行ってきた

私が最初にHOSOOに興味を持つきっかけとなった、2012年のMIHARAYASUHIROとのコラボレーション。これは、HOSOOがファッションの世界で注目を集める大きな一歩でした。

引用:HOSOO|Projects MIHARAYASUHIRO AW12

しかし、彼の挑戦はそれだけにとどまらず、「西陣織=着物に用いる織物」という枠を飛び越え、内装用のテキスタイルとして新しい領域を開拓。Dior、CHANEL、HERMES、Cartierといったラグジュアリーブランドの内装テキスタイルに採用され、中でもDiorでは世界100都市100店舗で内装に使われているという蜜月な関係を築いている。また、ザ・リッツ・カールトン、フォーシーズンズといった5つ星ホテルでもHOSOOのテキスタイルが使用され、さらには、トヨタの高級車Lexus「LS」のインテリアにも西陣織が導入されている。

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そうした華々しい実績、そして世界的な評価を得る上で、決定的な転機となったのが、超一流建築家ピーター・マリノ氏からの依頼だった。ピーター・マリノ氏は、数多くのラグジュアリーブティックを手掛けてきたアメリカの名匠。そのマリノ氏から、Diorが世界中の店舗の内装をリニューアルするタイミングで、抽象的なパターンを表現するために西陣織の技術と素材を使用したいという依頼が舞い込む。しかし、そこには途方もない条件が付いていた。それは「世界標準である150cm幅で織れること」

当時の西陣織で伝統的な標準生地幅は32cm。着物用の織物を作る前提で組み立てられた当時の機械では、150cmを織り上げるなど前代未聞。まさに規格外。日本独自の文化で育ってきた織物であるからして当然の話だ。しかも、そのままスケールを5倍近くに巨大化させればいいという単純な話ではない。西陣織の真骨頂である、あの絵筆で描いたような美しい紋様を表現するとなれば、ミリ単位で制御する必要があるわけで、常識的に考えれば不可能に近い挑戦。素人でもわかるレベルで、一筋縄ではいかない難題だった。

引用:HOSOO|More than Textile

しかし、そこは流石の細尾氏。ないのであればつくるしかないという精神で、無謀とも思える150cm幅の織機の自社開発に、敢然と踏み切ります。そして、見事にそれを完成させてしまう。大きなブレイクスルーを果たし、無茶振りに思えた依頼を現実のものとしてしまった。これに端を発し、世界のトップブランドの目に留まったというワケだ。Diorが100以上の店舗の内装にHOSOOを指名したのも頷ける。

HOSOOの挑戦:伝統的西陣織から未来のテキスタイルへ

この書籍を読むと、HOSOOはチャレンジによって成り立ってきたブランドであることがわかる。常に常識を疑い、時には異分野のアーティストやスペシャリストとコラボレーションをすることで、新たな次元へとブランドを押し上げていく姿勢に私自身とても刺激を受ける。

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バイオテクノロジーの分野では、蛍光タンパク質を持つクラゲのDNAを蚕に組み込んで、光を変調させる糸で織物を作ったり、数学者やプログラマーと協業して、まったく新しい織の組織を開発したり、温度や環境によって変化する織物を発明したりしています。

引用元:『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)

この調子でいけば、本当にホイポイカプセル式住居が実現しそうな、そんな勢いである。現に、細尾氏はホイポイカプセル構想の前段階として、「未来の風呂敷」プロジェクトを進めていた。これは、ネットで買い物する時代に溢れかえる段ボールを「未来の風呂敷」に代替することで、物流のニュースタンダードをつくるといった画期的な提案。当初はプールなどでよく見かける速乾性のスポーツタオルを使用して未来の風呂敷の試作品を作るも、全く実用レベルには届かなかった。しかし、織物の中に特殊なチューブを織り込み、そこにUV(紫外線)を当てると硬化する樹脂を注入するといった方法を開発することで、その織物は3秒で硬くなるところまで来ている。これの問題点は一度硬化すると元に戻らないということらしいが、これは2021年に行ったプロジェクトの成果なので、2024年ではもっと技術的な進歩があるのかもしれない。

京都観光でHOSOOを調べたときは、「何か新しいことをやっている西陣織ブランド」ぐらいにしか思っていなかったが、数年間のうちに世界規模のブランドへと変貌を遂げていた。かつてより、時代の変遷に則して顧客が移り変わっていったように、今では日本よりも海外に多くの顧客を持っているように映る。細尾ではなく、HOSOOとして名が通っている。このように自社の持つ技術的財産を生かして時代に応じた新しい分野を切り拓いていく、いわゆるピボット企業は日本でもいくつか成功例がある。その例として書籍の中ではトヨタやエルメスを話題に挙げていたが、私は真っ先にFIJIFILMが思い浮かんだ。FIJIFILMはフィルム事業で培った技術を周辺分野へ応用し、化粧品や医薬品分野へと進出していった。フイルムを手がけるリーディングカンパニーだったからこそ、新しい視点でのものづくりが可能となる。一枚の緻密な組織を別のカタチへと発展させるという意味で、とても似たものを感じる。

これを機に、リニューアルされた現在のHOSOOのウェブサイトをぜひ見てみていただきたい。画面越しにも織物の複雑な組織が伝わってくる。わずかな起伏や、細かい箔の煌めき、密に構成された糸の連なり。まるでカメラの性能が試されているかのような、精緻な美しさ。特に、映画監督デヴィッド・リンチとコラボした作品はとても織物とは思えない美しさを放ち、そして逆に織物でしか表現しえない美しさを携えている。

参考書籍

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